江戸時代の本草学者、儒学者である貝原益軒によって、正徳2年(1712年)に書かれた養生(健康、健康法)についての指南書『養生訓』。
益軒83歳の著作で、実体験に基づき健康法を解説しています。
長寿を全うするための一般向けの生活心得書であり、身体の養生だけでなく、精神の養生も説いています。
貝原益軒
幼少時代から虚弱体質でありながら、養生することで健康に85歳まで生きました。
福岡藩で藩医、朱子学の講義、朝鮮通信使への対応を担い、70歳で役を退き著述業に専念。著書は生涯に60部270余巻に及ぶ。
84歳で自分が実践して見つけた健康法を、余すことなく書き記した『養生訓』は、人としての生き方、考え方まで戒め、まさに人生の書といえる内容。
主な著書に『大和本草』、『菜譜』、『花譜』といった本草書。
教育書の『養生訓』、『大和俗訓』、『和俗童子訓』、『五常訓』。紀行文の『和州巡覧記』。
健康で長生きする
今、自分が生きていることは、いろんな人たちのおかげです。
自分を生み育ててくれた両親、自然の恵みへの最大の感謝の表現が、自分が健康で長寿を全うすること。
ですから健康で長生きする方法を知り実践することは人生の最も大事なものです。
自分の欲望と自分の健康とをはかりにかけるときは、自分の欲望をおさえ、自分の体調を維持するほうが大事。
人生を楽しく過ごすのはいいことですが、そのことで寿命を縮めることがあってはいけない。
お金を儲けても、自分の健康を損ない楽しく生活を過ごせないなら、儲けたお金も何も役に立たない。
命の長短は養生次第
普通、人は長寿である。
でも、養生せずに暮らしていると短命になる。
人間の寿命は、上寿は100歳、中寿は80歳、下寿は60歳である。
長命する人は少ない。
それは養生を心がけていないからである。
節度をもった生活を続ければ長命でいられる。
養生の道とは、病にかかっていないときに行うことであり、病にかかってから行うことは養生の最後の手段である。
欲望を慎む
自分の欲望を押さえるのは、健康法の基本である。欲望のおもむくままに生活をすれば、身体に悪い影響を与える。
食べ過ぎ、色欲に狂う、過労などは、身体によくない。また遊びすぎたり、睡眠を長くとることは、気力をなくすことになる。
悩み事をもたず、毎日からだを動かし働いているのがよい。
食事
食事は体をつくる。
- 食事の量は、適度にして大食をしない
(腹八分目でおさえ、腹一杯になるまで食べてはいけない、食は制限し過ぎくらいでちょうどいい)
- 夕食は朝食・昼食より少ないほうがいい
- 間食や夜食は控える
(深夜は食も酒もよくない)
- 少し空腹がちょうどいい
- 胃腸に負担をかけるものを食べない
- 生もの、冷えたもの、堅いもの、ひどく熱いものは禁物
- 煮過ぎ・半煮えのものはよくない
- 飯は温かいうちに食べ、冷酒は夏でも禁止
- 吸物は一椀、肉料理は一品、副食は一、二品にとどめる
(肉は1食で2品以上食べてはいけない)
- すべての食事はあっさりしたうす味のものがよい
- 五味偏勝をさける、ひとつの味を食べ過ぎない
(すっぱいもの、甘いもの、辛いもの、塩辛いもの、苦いもの、いろんな味をまんべんなく食べる)
- すべての食物は、みな新鮮な生気のあるものを食べるのがよい
- 旬のもの以外は食べてはいけない
- 食べ合わせの悪いものは避ける
- 体調によって米の炊き方を変える
- 味噌は胃腸を補ってくれる
- 大根の葉の部分も味噌汁にして食べる
- 朝にお粥を食べるととてもよい
- 水は清らかで甘いのを好むべきである
- 湯や茶を飲み過ぎてはダメ
- 熱湯と半沸きの湯を飲んではならない
- お酒はほろ酔い程度がよく、深酒はしないほうがよい
(長寿な人たちは、ほとんど酒をのまない)
- 酒は空腹時を避けて飲む
- 酒を飲んだあとに辛いものはダメ
- 食後は湯茶でうがいをする
- 食後は少し散歩をするとよい
(食後にはげしい運動をしてはいけない)
- 食後に昼寝をしたり、食べたあとすぐに眠ることが習慣になると、消化不良になって病気の原因になる
- 食事をするときには、食事を作ってくれた人に、食物を作ってくれた人に感謝の気持ちをもつ
(食事は感謝して食べる)
- 胃がもたれるとき、ひどく疲れているときは食を抜く
- 食当たりをおこしたときは、絶食をするのがよい
- 消化しきらないときは、食事を抜く
(前に食べたものが消化しないうちに次の食事をしてはいけない)
- タバコは毒である
休息
気力を回復させる。
- 睡眠を長時間とることがないようにする
(長く眠ると血の巡りが悪くなりよくない)
- 食後、すぐに寝るのはよくない
- 昼間に寝るのはもっとよくない
(もし、とても疲れていて昼寝をするときは、短い時間にすべきである)
- 夕食のあと眠らなくても横になっているのもよくない
- 寝るときは灯りを消す
- 睡眠中に風に当たるのはよくない
- 寝るときは「足・腹・腰」を温める
- 頭を温めてはいけない
- 長時間、同じ所に同じ姿勢で座ることもよくない
- 薬や栄養剤を多用しても、あまり役には立たない
(病気でもないのに、栄養剤や薬を飲むのはよくない)
- 深夜まで本を読んだり人と話し合ったりするのはいけない
(神経が高ぶり静まらなくなるから)
- 寝る前は「足湯」と「塩うがい」をする
- 入浴は何度もしないほうがよい
- 気持ちがよくても熱い湯はダメ
- 空腹時に入浴してはいけない
- 下痢や腹痛のときはお風呂で温まる
運動
- 運動不足にならないよう、適度に運動をして気分転換をはかる
(身体は、動かすことによって血の巡りをよくし、病気に罹りにくくなる)
- ただ散歩するだけでもよい
- 常に体を動かすようにしておけば、気と血液がよく循環し、食物もよく消化するので、病気にならない
- 無理をするほど動き回ったりするのは、疲れるのでよくない
- 食後は少し散歩をするとよい
(食後にはげしい運動をしてはいけない)
- ふくらはぎマッサージを習慣にする
- 足の親指を曲げ伸ばしする
- 朝にからだを上から下までさする
- 髪をとかしたり頭をなでたりする
色欲
- 性欲も度をすぎないようにする
(自制をしないと、腎を悪くし精気をなくし短命になる)
- 男女の交接の周期は、20歳で4日、30歳で8日、40歳で16日、50歳で20日に1回が目安
- 60歳以上は体力があれば月に一度で、体力がなければしてはいけない
- 20歳までは、性交を慎まないといけない
(身体が成長していないので、回数が多いと身体に悪い影響がある)
- 性欲があるのに性交を行わないと、体に精気がたまりよくない
(入浴して下腹部を温め、体の気を循環させれば問題ない)
心
- いつもは平静にして、怒りや心配事を少なくする
- 長く生きたいと思う心が大事であり、欲の深い人や自暴自棄な人は長生きできない
- 自分の信じる基準(信念)を持つことが大事である
- 完全無欠を求めない
(完全無欠を求めていると疲れるものである)
気
病は気から。
- いつも、気は体全体に満たしていないといけない
(怒り・悲しみ・憂い・思いなどは胸にこもりやすい)
- 怒ったり、喜んだり、悲しんだり、恐れたり、寒かったり、暑かったり、驚いたり、苦労すれば、気持ちが乱れ、病気になる
- 心を楽しませ気を補う
(静かに家の中ですごし、古書を読み、詩歌を楽しみ、香をたき、名書を見、山水を眺め、月花を賞し、草木を愛し、四季の変化を楽しみ、酒を少量たしなみ、自家栽培した野菜を煮たりる)
- 気を養う
(騒がず、あわてず、ゆとりをもち、怒ったりせず、大声を上げず、穏やかな気持ちでいて、不平をいって怒らず、悲しみを少なくし、どうすることもできない失敗をくやまず、過失があっても一度反省すれば二度とくやまず、ただ運命にしたがい生きていく)
- 人の生命を司る気というものは、腹の奥深く(丹田)に集めるのがいい
(何がおこっても慌てず落ち着いた気持ちで対応できるから)
- 呼吸は、たまに大きく空気を吸い込むといい
(口を細く開き、少しずつ息を口より吐き出し、ゆっくりと体の奥にまで届くような気持ちで鼻から吸い込む)
病気
- 病気のないときこそ予防に徹する
- 病気は「治りかけ」がいちばん大事
- 病気のことをくよくよしない
- 病気になったら食事を見直す
- 医者はよく選ばないといけない
- 有名でも良医とはかぎらない
- 自己判断で薬を飲まない
- 医者が出しても、合わない薬は飲んではダメ
- 薬の副作用をよく知る
- 薬に合わない飲食に気をつける
- 服薬時に多く食べると薬が効かない
仕事
- いつも働いている人よりも、なにもせずに暮らしている人のほうが、健康にはよくない
- 座るときは姿勢を正しくする
- 長時間の座りっぱなしはよくない
養生の道
- 年齢に関係なく、健康には気をくばるべきである
- (年をいってから健康に気をつけるというのは、お金があるときは散在をし、貧乏になってから節約をすると、いったことであろう)
- たとえ些細なことでも、体に良くないことをするのは良くない
- 自分の体力をむやみに浪費しないようにする
- 口数が多いのはよくない。多いと、気をつかいすぎるからである。言葉を慎むのも養生のすべである
- 中道を行くことが大事
- 世や人をねたんだり恨んだりしない
その他
- 便通は規則的にあるのがよい
- 小便と大便をがまんしてはいけない
- 身の回りを清潔にしておけば、体のなかもきれいになる
- いつもいる部屋は、南向きで戸に近く明るいところがよい
- 陰鬱で薄暗い部屋に、つねにいてはいけない
- 明るすぎる部屋も気分が落ち着かないので、適度な明るさの部屋がいい
- 花木を愛して鑑賞するとよい
- ジメジメ「湿気」は病の大敵
- 春先の風には当たらない
- 夏場は涼風に長く当たらない
- 夏はいちばん用心して保養する
- 冬にからだを温め過ぎてはダメ
養生の道を守る
健康を守る方法としては、体を適度に動かし食欲を増やし、規則正しい生活をすることこそが正しい健康法である。
病気になってから薬や鍼灸を使うことは、自分の体を痛めて病気をなおすことであるから、自分の体にいいわけはない。
国を治めることも同様で、国の治安がわるく乱が起きて、それを武力で鎮圧するのではなく、治安をいつもよくするように心がければ、
国民はいつも気持ちよく生活をすることができるので、乱も発生せず、国を治める君子も国民から尊敬されることであろう。
養生の道もまたこれと同じことである。
病気を治療するよりも、病気にならないように努力する方が楽である。
すばらしい将軍とは、「戦わずして戦いを勝つ」ということであろう。
養生法の要点
養生の道は他言を必要としない。
実行することは、大食せず、体に悪いものを食べず、色欲をおさえ、悩み事をなくすことである。
心を平静にし、言葉を少なくし、まわりの環境に合わせた生活をし、適度な運動を行い、食後にすぐ寝ないように心がけることが大切である。
自分に正直であり、かつ我慢もすることである。
人生の3つの楽しみ
- いい行いをして自尊心を高める
- 健康で心配事がないこと
- 長生きをして、人生を十分に楽しむこと
楽しいことを続けていれば、必ずあとでつらいめにあう。楽しく生活するために努力をしてから楽しむべきであろう。